映画レビュー(24): Ratatouille (07′)

•8月 10, 2007 • コメントする

ratatouille

Director: Brad Bird

Pixar animation Studio最新作、Ratatouille(ラタトゥーイ 邦題:レミーのおいしいレストラン)を見た。

高い前評判の通り、すばらしすぎる出来。

自分は今までのPixar作品ではMonsters Inc. がかなり好きなのだが、それ以降もThe Incredibles, Cars, (なぜかNemoはそんなに好きじゃない)と、相変わらずひっきりなしに面白い作品を作ってくるこのスタジオ、なんとなく、Nemo以降キャラクター性が薄いような気もするのだが、それは子供にとっての話で、ストーリーが抜群におもしろいので、まったく問題がない。

と、いうわけで、今回も大きくブチかましてくれた。

映像の方は、Monsters Incでは毛の表現、Finding Nemoでは水の表現、と、毎回新しい技術にトライし、みごとに映像の質の底上げに貢献しているPixarであるが、今回はもはや、アニメーションとして目指す新しい分野はこれ以上あるのか?という程の出来。

強いて言えば、今回は、光の透過性(Translucency)には相当こだわっていたのではないだろうか。

世の中には、金属などの光を反射するもの、逆に吸収するもの、そして、途中まで通し、なかで拡散してしてしまうもの、がある。

Translucencyとは、その途中で拡散させてしまうものの表現で、一般的にはCGでは特に再現が難しいといわれている。

しかし、今回なによりも驚くのは、CGであるはずの料理がうまそうに見えるところだ。天空の城ラピュタなんかの宮崎駿作品の食べ物も相当にうまそうであるが、それは、音や食べ方や感じる質感の「うまそう」であって、今回の「うまそう」は、単純に見た目、あたたかさや色(もちろん音もあるが)、うまいものを記号としてではなく、うまいものそのものを見せてくれる「うまそう」だ。

食べ物というのは一般的に、光を反射するわけでもなく、ツヤがまったくなければ、うまそうにはみえない。

つまり、CGで料理を(うまそうに)再現するというのは、かなりの苦労があったはずである。

特に自分が度肝を抜かれたのは、レミーが食べようかどうか躊躇するパンのかけらである。

これは、説明なしで是非注目しておいていただきたい。

それから、水にぬれたモノの表現も、かなりのものだ。

レミーの濡れた毛、川に落ちて濡れた服、濡れた本のページ・・・。

アニメーションの方も、ねずみの動きはきっと相当の研究がなされていると思う。あの軽快に、ペタペタとどこでもよじ登っていくレミーの動きには、リアルさだけではない、アニメーション独特の動きの気持ちよさが存分に入っていて、本当に楽しい。

総評として、僕としては、僕の中のリアルさの壁を少し越えてしまっていて、ストーリーとして、それは行き過ぎじゃないかー?と思ってしまうところもあるのだが、それはきっと個人差があるのではないかと思う。

だが、見終わっても、もう一回みたい!と思えるすばらしい作品。

anyone can cook!

追記:(ネタバレになりかねないので、見ていない人は読まない事!)

ストーリーについて、知り合いの方が、あれはpixarの挑戦でもある、と書いておられた。

anyone can cook と言っておいて、最後に料理評論家Egoに言わせたセリフがこれ

「In the past, I have made no secret of my disdain for Chef Gusteau’s famous motto: Anyone can cook. But I realize that only now do I truly understand what he meant. Not everyone can become a great artist, but a great artist can come from anywhere.」

(かつて私は、シェフGusteauのこの有名なモットー: 「誰だって料理はできる」 に軽蔑の念を隠す事はなかった。しかし、今になって初めて、彼が本当に言いたかった事が分かったのだ。それは、誰もが素晴らしいアーティストになれるわけではない、しかし、素晴らしいアーティストは、どこからでも生まれ得る可能性がある、という事だ。)

つまり、才能は、がんばれば全員が花開くのではなく、がんばってもダメな人はいる。(しかし、才能のあるものはどこから出てくるかわからない)

という、子供向け映画にあるまじきメッセージであるし、大人である自分でも少し痛いメッセージであったと。

はじめ、それは考えすぎじゃないかと思ったが、このセリフをきちんと読んでみて初めてそういう意味が含まれていると分かった。

正直、自分としては、そんなことわかってはいるので、あわてふためく程のことではないと思うのだが。

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美術解剖学:製作日記 最終回

•8月 6, 2007 • コメントする

というわけで、ついに最終回。
これで完成。

始める前からきっと楽しいし、勉強になるだろうとは予想していたが、これ程まで楽しい+勉強になるとは思っていなかった。
それもこれも、先生であるRey Bustos氏の力であると思う。

厳密に言えば、この後、すこし放置して乾かした後、フィニッシュコート剤を全体に塗って完成なのだが、見た目は変わらないので、現時点で掲載。

全体を通して、骨の部分に関しては、構成、形など、かなり覚えてきたが、筋肉に関しては数が多く、構成も複雑であるのでまだ記憶に定着していない。
これからまたしばらくDrawingを続けることによって、ひとつづつ定着させていこうと思う。

ほんと、何事も経験です。
一度、経験すると、同じ生活の中でもいままで見えなかったものが見えてくるものです。

これを読んでくれた皆様、長い事お付き合いいただき、ありがとうございました。

いつもの全体像、これが最後。

whole_finish

そして背面

back_finished

完成です。

close_finished

BRASILINTIME その②

•7月 31, 2007 • コメントする

brasilin

先日、LA downtown の Mayan Theaterで行われた、Brazilintime Liveに行ってきた。
これは、二日ほど前にHollywoodのEgyption Theaterに見に行った、Brasilintime DVD発売記念プレミア上映会と対になっているイベントで、映画Brasilintimeの出演者によるコンサートであった。
そもそもBrasilintimeというのは何かというと、簡単に言えば、LA を拠点にしているUnderground HipHop系DJ(と、未だに言うのか?)と、ブラジルの、ドラムの巨匠達のコラボレーションプロジェクトを映像として記録したものである。

2002年DJ Cut Chemistをはじめ、J Rocc, Madlib, BABUなど、蒼々たるメンツが、ブラジルに乗り込み、巨匠ドラマーPaul Humphrey、ブラジルのベテランJoao Prahyba, Ivan Contiなどと一緒に、プレイを試みた、というところから始まっている。

今回、そのDVD発売記念の上映会と、そのLADJ陣+巨匠Drummers軍団のライブに行ってきた、というわけだ。

平日に行われたため、仕事の後に、ゆっくりと夕飯を食ってから行ったので、軽く遅れて入ったのだが、すでにJ Roccのプレイが始まっていた。
ブラジリアンミュージック中心のセレクトで、今まであまり聞いた事の無いビートでのっけからかなりシビれる。
勢いあまって、イベントTシャツとビールを買い込み、今回は少しゆっくり見ようと二階席へ。
Mayan Theaterは中にバーも入った、大きすぎず小さすぎずのとてもいいスペースの会場で、今回は2度目だったのだが、すごくいい場所だと感じた。

とにかく、しばらくすると、いよいよ本番の始まりである。
順々にDJ達が現れ、ドラマーたちが加わる。
実は、トータルで2時間弱のこのセッション、すべてimprovisation(即興演奏)で続く。
正直、曲が途切れないままの2時間というのは、音にも慣れてしまうし、見てるほうも疲れてくるのだが、それでも、かなり楽しめた。

そんなライブだったのだが、思った事をいくつか。

>今回のセッション、Drummer4人+パーカッショニスト1人+DJ4人+ (Madlibが)サンプル音フル搭載のキーボード&MPCという構成だったのだが、まず、DJは4人もいらない。
みんながみんなほとんどスクラッチしかしていないので、音に代わりが無く、DJが4人いる意味がわからなかった。
せっかく4人もいたんだから、もうちっとおもしろい事ができただろうに・・・。
(それだったらMPC軍団4人の方が面白かったんじゃなかろうか??いや、MPC3+DJ1か?)

>照れ屋のMadlibはさすがキーボード+MPCをもちこんでターンテーブルなしでプレイしただけあって、かなりimprovisationに溶け込めていた。
彼なりの独特のビートも入れつつ、いい感じに場の雰囲気を壊す役が非常に印象的だった。
風の音や鳥の鳴き声などもビートとして使ってしまうクリエイティビティに脱帽。
まぁ、それでも、ベテランドラマーのリズム力には手も足もでない感じだったが。

>さすが巨匠のドラマー達は長年improvisationでセッションをやってきているので、周りを見ながら誰かが少し転調しただけでそれを瞬 時にキャッチしてあらたなビートを載せていくのが神業的にうまい。常に全体をみてアイコンタクトを取りながら、自分の立ち回りを決める。

>それに対し、DJ軍、場のビートに合わせる能力には長けているのかもしれないが、複数の人間とセッションをすることがあまりない人種なので、全 体を見てプレイする、ということをしない。見ているのは、自分の手元にあるターンテーブルだけなのだ。実際、見ているとその差が明らかで、セッションのラ イブとして、どちらが空気を作っているかが一目瞭然であった。その中で、J Roccはある程度周りが見えていたな、と感じたのと、さすが、キーボードを持ち込んだ、照れ屋のMadlibは一番周りを見ていた。
上に少し書いたが、DJがスクラッチしかしないのは痛い。

>DJ側とドラマー側、どっちにメインをおいてやるのかがはっきりしていないので、なんとなくお互い音を殺しあっているように聞こえた。
どっちをメインにして、どっちがそれをサポートする役なのかをはっきりさせたら引き立てあって、もっといいのになったんじゃないかな、と思う。

>全体を通してみると、やはり、巨匠のベテランミュージシャン達に、完全にDJの若造達がのまれた感じのセッションだった。
プロジェクトを持ち込んだのはDJ側だろうし、せっかくのいいアイディアなのだから、きちっと計画を立ててやるか、improvisationをもっと練習するかしないと、成功とはいえないような気がする。

とまぁ、えらそうな事を書きまくらせていただきましたが、僕はDJもドラムもできません。
でも、日記っていうのはそういうものです、個人的なんです。

最後に、ベテランドラマーJoao “Comanche” Parahyba氏が、映画の中で、ドラムマシーンについてどう思うか?ときかれた時の言葉を紹介しておきます。

「それは単なるツールだ。例えばここにあるお盆、これだってこうやって叩けば音楽になる。我々ミュージシャンが考えるべきはそこから生まれる音楽そのものの方だ。ツールがなにであるかなんて問題じゃない。」

もう、そういうことなんだと思います。

興味のある人は↓
http://www.mochilla.com/brasilintime/

映画レビュー(23): トランスフォーマー TRANSFORMERS (07′)

•7月 25, 2007 • コメントする

optimus megatron

Director: Michael Bay

いわずと知れたタカラの変形ロボット、海を越えてアメリカにわたり、コミック化され、アニメになり、そしてついに2007年最大のSF映画として昇華された。

この映画の魅力は、もちろん巨大ロボットTRANSFORMER達のその超ド迫力である。
しかし、その「ド」の値が、半端ではないのである。
そして、この「ド」を支える数多くのエッセンスが、見事にの「ド」を「ド」たらしめている。

まずはストーリー。
TRANSFORMERSの大元のストーリーを周到しているものの、観客に難しいことを何一つ要求せず、素直に「ド」迫力にのめりこめる簡単さを持っている。
所々散りばめられた笑いの数々も、実にしょーもなくて、何一つストーリーの流れを崩さない、ある意味での「浅さ」が秀逸である。
2時間半という長めの尺にも関わらず、まったく見ているものを疲れさせないこのテンポのよさは、すばらしいバランス感覚である。

次に役者。
今回、公開初日に見に行ったのだが(今日までで、すでに2回見た)、意外だったのが、女の子からの受けが非常によかった事である。
ほとんどの女の子が彼氏に連れてこられたであろうカップルであったのだが、映画が始まるや否や夢中になって喜んでいたのはほかならぬ彼女達であった。
TRANSFORMERSというロボット映画にこれだけ、いわゆる「普通の」女の子達が楽しんでしまう理由はなんだろう?と思った。
もちろん、この映画のテンポのよさと、巨大ロボット達による戦闘のド迫力に夢中になるのはわかる。

しかし自分が察するに、今回、主人公Samを演じたShia LaBeoufの力があったのではないかと思うのだ。
と、ここまで書くと、見ていない人はどんな男前の兄さんなんだ?と思うかもしれないのだが、このSam、まったく男前の部類ではない。
いつも必死なのに全くダメな、いわゆるのび太クンキャラのかわいいヤツなのだ。
しかし、抜群に演技がうまい。笑いの間の取り方も最高だし、ダメな必死さのアクティングがすばらしいのだ。
もちろん撮影中、セットに巨大ロボットはいないであろうが、彼らとの会話のシンクロもリアクションも(CG側からの摺り寄せがあるにしろ)全くひとりでの演技を感じさせない。
すこし話がずれたが、この、Samの存在が、ロボットの戦うSFの世界と、彼女ら女の子達の住むリアルな世界とを橋渡ししている存在なのではないかと思う。
気が付けば彼女達はこのSamに親近感を感じ、安心して物語に入っていける。

そして、やはりVFX。
つまりCGであるが、これはいわずもがな。
見てもらうしかない。
この完成度は、あまりにリアルな映像を見せ付けられ、映画を見た後、頭の中でそのシーンを現実世界に投影できてしまうほどである。
つまり、普通に走っている隣の車がロボットに変身し、自分の方に向かってくる様を簡単に想像できる様になってしまうのだ。
アニメーション、動きの緩急は鳥肌総立ちスタンディングオーベーション。
最後に、忘れてはいけないのはSound Effects。
ロボットが変形するあの独特のサウンドは、なかなか耳から離れない、カッコよすぎ。

これはJurassic Park以来の映像衝撃かもしれない・・・。

メモ:あるarticleによると、Optimus Prime一体で、10108個もの部品がモデリングされているらしい・・・。
(ちなみにBumble Bee:7608 Megatron:2411)

Trailerはコチラ↓
http://www.apple.com/trailers/dreamworks/transformers/

映画レビュー(22) : Children of Men (06′)

•7月 24, 2007 • コメントする

 chidrenofmen

Director: Alfonso Cauron

邦題、トゥモローワールドねぇ。
原題の[Children of Men]なのだが、だいぶ違うなぁ。
この話のいいところはstereotipicなSFと反対の路線を言っていたところだと思うのだが。

時代は2027年イギリス。人類は世界的恐慌におちいり、未曾有の大混乱の時代だった。科学的根拠の分からないまま、人類は子孫をなす、つまり子供を生む機能を失い、人類には18年もの間、新生児が生まれずにいた。
主人公セオはある事件をきっかけに、妊娠中の少女キーに出会う。

という設定。
見所は、脅威のリアリティを生み出した、長まわし撮影。シーンをカットしてつなげるのではなく、同じカメラで延々と撮影し続けるのだ(正確な表現ではないが、すくなくとも、そう見えるように作られている)
これは、後半のクライマックスシーンではなんと6分もの間続く。
このリアリティは、この上ない興奮を約束できる。
これを映画館でみなかったことを後悔。

セットのデザインも秀逸で、たとえば、出てくる車は、現代において最新のエコカーのようなものを、そのまま20年間放置したような、ぼろぼろの状態で登場させる。

監督自ら言っていたように、anti-blade runner(反ブレードランナー)的未来世界観の作り方がカッコよすぎ。

そしてFramestoreCFCによる最高のVFX。
すごすぎてやる気なくす。

DVDは買い。

映画レビュー(21) : タイヨウのうた (06′)

•7月 22, 2007 • コメントする

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Director: 小泉徳宏

あー、泣けてしまった。
しかも今書いたBlack Rainを見た直後に。

正直、20代前半までは、こういった映画ではぜったいに泣けなかった。ただ、悲しくなるのだ。なんか分からないが別れとか、死とか、そういうこと自体が、なにか、悲しくなるのだ。それで泣く事もなく、ただ、見終わった後に、悲しくなっていたのだ。

が、どうやら、自分はそういった所から少し成長したらしく、普段なら(今回もがんばったが)なるべく避けて通るであろうこの類の映画を見て、そして、その悲しみの出所が、すこし分かったのだ。

やはり一番響いたのは親の思いであり、そして彼氏の思いであった。
とくに、塚本高史が泣きならがYUIの家を去るシーン、あそこに自分は尺をもっととって、すこしやり過ぎなくらいに表現して欲しかったのだが、あそこはきちんとグッと来た。

この監督、すごくつくりがうまいと思った。
特に、二人が恋愛に発展するあの一晩のシークエンス。一個一個の言葉のやり取り、彼氏の目線的ショット、「あー、まじでこいつかわいいな」って思うパターンの描写がとんでもなくリアルに感じた。まぁ、それは俺だけかもしれないが。

星4.5

映画レビュー(20) : Black Rain (89′)

•7月 22, 2007 • コメントする

black_rain

Director: Ridley Scott

Black Rainは日本が出てくる、という最低限の予備知識しかなかっただけに、それなりに楽しめた。

こういう映画の一番の問題は、異国情緒とリアリティの境界線、というか、やはりメインの観客はアメリカ人なので、アメリカ人が(舞台の日本を)見 て外国なんだな、と感じられるような、アメリカ文化との違いを出さなければおもしろくない反面、実際の日本は、そこまでアメリカと違う所もなかったりする 場合も有り、(そして、あまりに違いすぎても話がわからなくなる)どこまで現実に忠実に作るか、そしてどこまで、異国情緒たっぷりにつくるか、みたいな見 極めが重要であり、むずかしいんじゃないかな、と思う。

が、しかし、日本人の側から見ると、こんな日本は事実と違う、という感じに、作品にリアリティを感じられないと、一気に冷めてしまう。

そんな日本人の自分が見たこの映画の評価としては、星4つである。

うまく日本の窮屈さや精神性もとらえつつ、それをそう悪しともせず、けっして大きな嘘もない。(まぁ、細かいところを言えば嘘は結構あるのだが)
その辺のバランスはすごく良かったと思う。
さすがリドリースコット監督なのか。